概略
1973年にドイツの作家であるミヒャエル・エンデによって書かれた児童文学。
児童文学にもかかわらず、中身は「時間」について問うた本。
ストーリー展開は児童文学なのだけれど、伝えたい内容については子供より大人のほうがよくわかる、そんな本でした。
レビュー
前半はゆったりとしたストーリー展開で内容も薄味。うってかわって、中盤〜後半はスピード感がありつつ中身も濃い印象。
前半はサラッと流して読んだほうが、全体の面白さをバランス良く感じ取れると思う。
児童向けということで、漢字のルビもふってあり、小学校高学年で覚えるような漢字はひらがなで表記・・・のわりには、一貫性がなくて難しめの漢字が出てくることもしばしばある。ひらがなで表記されてしまうと、文字数あたりの情報量が少なくなる。そのため、読みやすさという観点では微妙な評価。
時間についての"大切さ"を表現している内容であり、HowTo本などではないから、10年に1度くらい読み直すことで自分の受け取り方の違いを楽しむのが良い。児童文学であるにもかかわらず、大人が読んでも楽しめる本であると感じた。
ポイント
なぞなぞ
12章 モモ、時間の国につく
3人の "きょうだい" が1つの家に住んでいて国をおさめている、というなぞなぞ。
なぞなぞの答え
- 1番上: 未来
- 2番目: 過去
- 3番目: 現在
- 国 : 時間
- 家 : この世界
未来が過去に変わるからこそ、現在というものがある。現在を見ようとしても見えず、未来を想像したり、過去を振り返ることだけが可能であるという内容。
このなぞなぞのあとで、主役のモモは時間の源へ行き「時間の花(たえず新しく生成されて、これまでのどの花より美しい)」を体感することになる。
灰色の男
19章 包囲のなかでの決意
灰色の男に関する説明。
- 人間から時間の花を盗む
- 時間の花の花びらから葉巻を作る
- 葉巻をふかして煙にすることで時間を完全に死んだ状態とし、それを吸うことで灰色の男は自らの命をつないでいる
- 灰色の男たちから時間を盗まれた人間は病気になる(致死的退屈症: 内容からすると鬱病みたいなもの)
労働者(人間)の時間を奪って仕事をさせ、時間をお金(葉巻)に変えていく資本主義経済(企業: 灰色の男)を表しているかのように感ぜられた。
働きすぎた労働者は鬱病などの病気(致死的退屈章)になってしまう。
現代の縮図・・・とも思える話。
あとがき
作者のみじかいあとがき
"モモ" の話を、作者が旅行者から聞いたという話の中における旅行者の発言。
「過去におこったことのように話しましたね。でもそれを将来おこることとしてお話してもよかったんですよ。」
前の項で、現代の縮図と書いたが、この物語が発行されたのは1973年。
約50年前に "将来おこること" と予見していて、実際にいま起きている。ここがすごいところ。